これまでボルドーの名声を築き上げてきたのは、主に長期熟成型の重厚な赤ワインでした。しかし、これからは同じ赤でも、より《コンテンポラリーな》《イマドキの》ワイン、つまり重すぎず、若いうちから楽しめ、フルーティーでフレッシュ、手の届きやすい価格のものが、人気を集めそうです。
ボルドーの赤ワインはひととおり味わったし、もういいかなとお考えですか?早まらないでください!やる気満々の作り手たちが、消費者の声に耳を傾けながら、試行錯誤を繰り返した結果、全く予想もしなかったようなワインが、次々に誕生しているのですから。これまで、時には誇張されて、ボルドーの赤はタニックで渋いと、レッテルを張られたりもしましたが、そんなイメージを払拭する、飲みやすくて美味しいワインです。このようなワインを作ろうとすると、栽培から熟成まで、これまでの知識や技術を見直すことになり、結果的に、環境に配慮した働き方につながります。いくつかの例をご紹介します。
流行に左右されないクラシカルなタイプに用いられるのは、引き続き、スター品種(メルロ、カベルネ・ソーヴィニヨン/フラン)ですが、ニュー・レッド誕生の起爆剤となったのは、マイナー品種(ボルドー栽培地の黒ぶどうの割合 89 %のうち 3 %を占める)です。マルベック、プティ・ヴェルド、カルメネールのいわゆるマイナー品種は、栽培が非常に難しいため、長いあいだ放置されてきました。しかし、技術改良の追い風もあり、これらの高いポテンシャルを認識していた生産者により、改めて注目され始めたのです。
3品種の栽培面積が、20年間で1564 haから3192 haへと倍増したことからも、その関心の高さがわかります。香りをフレッシュに保つため、完熟状態で収穫します。これらをアッサンブラージュに用いる割合が増えているほか、内々でモノセパージュ・キュヴェを作る例も見られます。
例えば、プティ・ヴェルドは、ひと昔前まで、10年に1、2年しか熟さなかったのですが、今日では、地球温暖化を背景に収量も増え、メドックの格付けシャトーを中心に、アッサンブラージュの 4%から、時には10 %ほど用いられるようになりました。HVE(環境価値重視)レベル3の認証を取得したシャトー・べルヴュー(AOCボルドー)は、プティ・ヴェルドのモノセパージュ・ワインを生産しているシャトーの一つです。《フレッシュでフルーティーな特徴を保つため》アンフォラと400Lのオーク樽で熟成するこのキュベは《エネルギッシュで重厚。タンニンの整った骨格を、チェリーなどの赤い果実やスパイスが包み込んでいる美味しいワイン》です。
一方、マルベック(ロワールやカオールではコットとも呼ばれる)は早熟で、濃厚な色、黒い果実とスミレの香り、スパイシーさとコクをもたらします。タンニンが多いのですが、ビロードのような甘美な触感で、カベルネのワインより若いうちから楽しめます。シャトー・グルネ(AOCボルドー)のレフェメール l’Ephémèreは、ヴィーガンかつビオロジックを謳っているキュヴェで、発酵にはステンレスタンク、熟成にはコンクリートタンクを用いています。《黒い果実やイチゴのコンフィ、キャラメルの複雑で凝縮した香り。滑らかで力強いアタック。バランスのとれた濃厚な味わい。緻密なタンニンで余韻が長い》ワインです。
最後にご紹介するカルメネールは、早熟*で低収量。ワインに濃い色とコク、タンニンの渋味を与えます。その渋味のおかげで、エレガンスやフレッシュ感が際立ちます。シャトー・ル・ジェ(AOCボルドー・シュペリウール)のカルミンCarmineは、カルメネールをビオロジックおよびビオディナミ農法で栽培し、タンクで発酵したのち、粘土製のアンフォラで20カ月熟成します。亜硫酸は添加しません。
フレッシュで溌溂とした、フルーティーなワイン。香りはカシス、キイチゴ、ピーマン、ほのかにスパイシー。シルキーなタンニンと、表情豊かな果実に支えられた、流線形の味わいが長く続く。フィニッシュまでその勢いは衰えず、胡椒のニュアンスが加わる、長い余韻へと移っていく》
若いうちから楽しめるが、長熟ポテンシャルもしっかり維持–このようなニュー・レッド誕生を支えたのは、キュヴィエやシェでの技術発展です。畑の多面性を引き出すため、区画別にぶどうを収穫し、熟成までロット単位で取り扱います。更に、ステファン・ドゥルノンクール(新しいスタイルの赤ワインに関する、プロ向けウエビナー(英語版)をご覧ください)が提唱する、《ピュアな果実味》を保つため、醸造への人的介入を減らしています。その例として、タンニンを抽出しすぎないためにマセラシオン時間を短縮、自然酵母を利用、穏やかな成分抽出のためルモンタージュを制限、果汁やワインを傷めないため運搬時には重力を利用することなどがあげられます。
ボワゼより果実味を求める傾向は、熟成にも変化をもたらしています。新樽率の減少、熟成期間の短縮、軽めのローストの人気上昇などから、慎重にオーク樽を利用するようになっていることわかります。また、ボルドーの伝統的なバリックと併用する形で、ワインへの香りやタンニンの影響が少ない大容量の木樽(500L樽や、フードルなど)を取り入れるシャトーもでてきました。
更には、新しいスタイルのキュヴェを作る際にオークを全く使わず、より不活性なセメントやステンレス製タンク、マイクロ・オキシジェネーションを促す300L-1000Lの素焼きのアンフォラや甕、炻器製の容器、更には卵型のタンクなどを選択する生産者もいます。シャトー・クロ・ピュイ・アルノー(AOCカスティヨン・コート・ド・ボルドー)のペルヴァンシュPervencheは、メルロとカベルネから作られますが、醸造には樹脂塗装無しのセメントタンクを、6カ月間の熟成には3/4にセメントタンクを、1/4に素焼きの甕を用いています。
メルロ特有のまろやかさが、上質なタンニンのフレッシュさと引き立て合い、赤い果実の香りに満ちた、輪郭のはっきりしたフィニッシュへと導く。
数年にわたり亜硫酸無添加ワインの生成を研究したのち、シャトー・マンゴ(AOCサンテミリオン)のトデシニ兄弟は、新たなキュヴェ、ロートルl’AUTREを生み出しました。《炸裂する果実》とも形容されるこのワインは自然酵母を用い、亜硫酸を含めた一切の添加物を用いずに醸造し、素焼きのアンフォラなどの甕で8カ月間熟成したもので、《驚きのテイスティング体験と、これまでとは全く異なるフードペアリングを楽しむためのワイン》です。
注:亜硫酸無添加ワインとヴィーガンワインは、ボルドー全体で大きく伸びています。
それでなくとも型破りなものがもてはやされる昨今、このような新タイプの赤ワインを生み出す生産者は、今風のビジュアル・アイデンティティーを選んで、差別化を図っています。伝統重視のボルドーワインのイメージとは正反対の、クリエイティブでカラフルなラベルや、従来のボトルと異なる形状を、敢て取り入れているのです。
また、このようなユニークなワインに刺激を受けたシェフが、斬新な料理を生み出したり、思いもかけないフードペアリングの可能性に気づいたりと、今後も更に面白くなりそうです。そして最強の切り札と言えるのが、何といっても手頃な価格。幅広い消費者層を魅了することでしょう。
* 早熟性はメルロとカベルネ・ソーヴィニヨンの中間に位置